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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7283号 判決

参加人 河野英二

被告 米沢治郎

主文

参加人の請求を棄却する。

訴訟費用は参加人の負担とする。

事実

参加人は、参加請求の趣旨として、

「1、被告は参加人に対し金八〇万円およびこれに対する昭和二九年三月一日より支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、

参加請求の原因として

「一、参加人は昭和二八年頃取下前の原告岩本林産工業株式会社(以下岩本林産という。)の東京出張所長であつたが、原告は同年一月頃参加人の妻の兄で木材集荷業者である被告に対し、その原木買付資金融通の便宜を与えるため、被告との間に次の(1) ないし(3) の契約を結んだ。

(1)  参加人は岩本林産振出名義の約束手形(いわゆる融通手形)を作成して被告に交付すること。

(2)  被告は右手形を他で割引きその代金を運転資金として用い、手形の満期前に参加人に対し右手形金相当額を送金すること。

(3)  参加人は被告からの送金をもつて右手形金の支払いをすることとし、その間右手形に関する事項は岩本林産の当座預金口座には記帳しないで処理すること。

二、参加人は前記契約に基づいて別紙手形一覧表〈省略〉(一)記載の各手形(いずれも融通手形である。)を振出して被告に送付した。ところが被告が前記各手形金支払いのため参加人に交付した金額は前記一覧表(一)の被告からの送金欄記載のとおりであつて、被告から送金のない手形は参加人が自己の金又は岩本林産の金を流用してその支払いに充てたが、その合計は金一八九万円である。その経過の詳細は次のとおりである。

(1)  参加人は昭和二八年一月三一日別紙手形一覧表(一)〈イ〉の手形(以下〈イ〉ないし〈ヌ〉の手形というときは別紙手形一覧表(一)〈イ〉ないし〈ヌ〉の手形の意味である。)を、同年二月一日〈ロ〉の手形を被告に送付した。

(2)  被告は〈イ〉の手形の満期までに送金していないので、参加人は〈イ〉の手形金二五万円を同年四月七日に支払つた。

(3)  参加人は同年四月一〇日頃〈ロ〉の手形決済のため、〈ハ〉の手形を振出して被告に送付し、これを割引いた金を〈ロ〉の手形決済のため送金するように被告にいつたところ、被告は同年四月一四日〈ハ〉の手形を割引いて金二七万円を参加人に送金した。

(4)  参加人は同年五月六日被告に対し〈ニ〉の手形を融通の目的で送付した。

(5)  参加人は同年六月九日〈ハ〉の手形決済のための送金を受けるため、〈ホ〉の手形を作成して被告に送付した。参加人は同年六月一〇日他より借入れた金三〇万円で〈ハ〉の手形を決済したところ、被告は同年六月一七日金三〇万円を送金してきたので、参加人はこれを前記決済金に充当した。

(6)  参加人は同年六月一六日被告に〈ヘ〉の手形を融通の目的で送付した。

(7)  参加人は同年七月四日〈ニ〉の手形決済の金員を送つてもらうため、〈ト〉の手形を送付した。

(8)  被告は〈ニ〉の手形の決済金を送付しないので、参加人は次のようにして〈ニ〉の手形金を支払つた。

a、金一〇五、四六五円は岩本林産の被告に対する松小割材代金債務の一部と相殺したが、後に参加人は岩本林産へこの金を返還した。

b、金一八七、〇〇〇円は岩本林産の金を参加人が流用した。

c、金七、五三五円は参加人が支払つた。

(9)  被告は同年七月二五日参加人に金一七万円を送つてきたので、これと参加人の金一九万円とで〈ホ〉の手形を決済した。

(10)  参加人は同年八月二八日岩本林産の金二〇万円を流用し自己の金一〇万円を支出して〈ヘ〉の手形を決済した。

(11)  参加人は同年九月一二日〈ト〉の手形決済の金員を送つてもらうために、〈チ〉の手形を被告に送付した。同年九月一五日〈ト〉の手形は預金不足の理由で北海道拓殖銀行日本橋支店から取立銀行である日本勧業銀行本店に返却されたので、参加人は同銀行本店からこれを金三〇万円で買戻した。その後被告は同年九月二三日金二七万円を参加人に送つてきたので、これを前記の金三〇万円の一部に充当した。

(12)  参加人は同年一一月二〇日被告から送金を受けた金二八万円と岩本林産から流用した金七万円とで〈チ〉の手形を決済した。

(13)  参加人は同年一一月七日融通のため〈リ〉および〈ヌ〉の手形を作成して被告に送付した。

(14)  参加人が以上の手形を決済するために流用した岩本林産の金員は参加人が岩本林産を退職後すべて岩本林産へ支払いずみである。

以上のように参加人が被告から送金がないため自ら支出して手形の決済をした金額は合計金一八九万円である。この金額は一、の契約に基づき被告が参加人に支払うべきものである。

三、よつて参加人は被告に対しこのうち金八〇万円およびこれに対する参加人が支払請求をした(それは昭和二九年二月末頃である。)後である同年三月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」

と述べ、参加の理由および被告の本案前の抗弁に対する答弁として、

「一、岩本林産は昭和三四年五月一一日被告に対し東京地方裁判所昭和三四年(ワ)第三、五三七号不当利得返還請求訴訟事件を提起した。

この訴訟における岩本林産の請求の趣旨は、

1、被告は原告に対して金一八〇万円およびこれに対する昭和二八年一一月二二日より支払いずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

というのであり、その請求の原因は、

(一)、昭和二八年頃、原告会社東京出張所長であつた参加人は原告会社名義の約束手形を振出す権限がないのに、原告会社代表者の印鑑およびゴム印を盗用して、原告会社振出名義の別紙手形一覧表(一)のうち〈イ〉、〈ハ〉、〈ニ〉、〈ヘ〉、〈チ〉の各手形および同表(二)の手形を偽造して被告に交付した。

(二)、被告は前記六通の手形の受取人として各手形の満期日に支払場所において原告会社の有する預金中から右手形金合計金一八〇万円の支払いを受けた。

(三)、しかし、右各手形は偽造手形であつて、原告会社にはその支払義務がなく、被告はこのことを知りながら前記手形金の支払いを受けたものであるから、被告は法律上の原因なく、原告の損害において、金一八〇万円を利得したものである。よつて原告は被告に対しその返還を求める、とともに、右各手形の最終満期日の翌日である昭和三八年一一月二二日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による利息の支払いを求める。

というのである。

二、しかし、参加請求の原因において述べたとおり、岩本林産主張の手形金は参加人が支払つたものであつて、岩本林産は支払つていない。従つて岩本林産は被告に対してその主張のような不当利得返還請求権を有するものではなく、かえつて参加人が被告に対し参加請求の原因において主張する債権を有するものである。そこで参加人は昭和三九年九月一四日民事訴訟法第七一条後段により岩本林産と被告との前記訴訟に参加申出をし、被告に対して参加請求趣旨記載の金の支払いを求めるとともに、岩本林産に対して被告に対する岩本林産主張の金一八〇万円の返還請求権は参加人にあることの確認を求めた。以上のとおり岩本林産と被告間の訴訟および参加訴訟の目的はいずれも、前記各約束手形金支払後における被告に対する右手形金相当額の返還請求権の存否であり、民事訴訟法第七一条後段の要件を備えるものである。

三、その後昭和三七年一一月三〇日岩本林産が被告に対する訴を取下げ、同年一二月一九日参加人が岩本林産に対する訴を取下げた。」

と述べ、被告の本案の抗弁に対し、

「一の事実は否認する。参加人は本件手形振出当時岩本林産東京出張所長として岩本林産の約束手形を振出す権限があつたから、本件手形は偽造ではない。当時資金繰りの関係で岩本林産の帳簿に記載しない融通手形が多数振出されていたのであつて、参加人の請求には不法性がない。

二の事実は否認する。被告の送金の約束は商取引とは関係のない性質の行為であり、商行為ではないから時効期間は一〇年である。また参加人が被告に立替金の精算を求めうるのは岩本林産と被告間の取引精算以後であるから、早くとも被告が岩本林産へ約束手形を別勘定として木材代金を請求した昭和二九年八月三〇日である。」

と述べた。

被告訴訟代理人は本案前の申立として、

「1、本件参加申立を却下する。

2、訴訟費用は参加人の負担とする。」

との判決を求め、その理由として

「参加人の本件参加申出は不適法である。岩本林産の被告に対する請求は、参加人が岩本林産名義の手形六枚を偽造して被告に交付したところ、被告は右手形金の支払いを受けたことにより、岩本林産の損失において利得したのであるが、それは法律上の原因を欠くので、その返還を請求する、というのである。一方、参加人の被告に対する請求は参加人が岩本林産名義の前記手形を含む一一枚の手形を金融のため被告に交付したが、その際被告は右手形の各満期までに手形金額を参加人に送付する旨を約したから、右約旨に従い手形金額の支払いを求める、というのである。してみれば、参加人の主張する権利と岩本林産の主張する権利とは異なるものであり、参加の要件を満たさない。」

と述べ、本案につき

「1、参加人の請求を棄却する。

2、訴訟費用は参加人の負担とする。」

との判決を求め、参加請求の原因に対する答弁として、

「一の事実のうち参加人が昭和二八年頃岩本林産の東京出張所長であつたことを認め、その余は否認する。

二および三の事実のうち、被告が別紙手形一覧表(一)記載の各手形を参加人より受領したこと、被告が参加人に対してその主張の金員を送付したことは認めるが、前記各手形が融通手形であることは否認する。その余の事実は知らない。

被告は岩本林産東京出張所長としての資格における参加人と前記手形の授受、金員送付を行つたものである。これらの手形は岩本林産と被告間の木材売買契約による代金の前渡金として、又は岩本林産より割引を依頼されて受領したものである。」

と述べ、抗弁として、

「一、参加人の請求は民法第七〇八条に該当する。すなわち、参加人の主張は参加人と被告とが共謀の上、岩本林産の手形を偽造して金融を得ようとはかり、参加人が手形を偽造し、被告は参加人に対して満期前に手形金額を参加人に支払うことを約した、と主張し、この契約を根拠として本件請求をするものであるが、この主張は自己の犯罪行為を主張して法の保護を求めようとするものであつて、許されない。

二、仮に被告が参加人主張の各手形の満期迄に手形金相当額を参加人に送付することを約した、としても、当時被告は木材売買を業とする商人であつたから融資を受けるための被告の右約束は商行為に外ならない。ところで前記手形の最終満期は昭和二九年二月二〇日であるから参加人主張の被告の金員送付債務は昭和三四年二月二〇日時効により消滅したものである。」

と述べた。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、まず本件参加の訴の適否について考える。本件記録によれば、本件参加の訴は岩本林産が原告として被告に対し昭和三四年五月一一日提起した当裁判所昭和三四年(ワ)第三、五三七号不当利得返還請求事件(以下本訴という。)が当裁判所に係属中、昭和三四年九月一四日参加人より岩本林産および被告に対する訴として民事訴訟法第七一条後段に基づいて提起されたものであるが、その後岩本林産(本訴原告)は昭和三七年一一月三〇日の準備手続期日において本訴を取下げ、被告および参加人はこれに同意し、次いで、同年一二月一九日の準備手続期日において参加人は岩本林産に対する参加の訴を取下げ、被告および岩本林産(本訴原告)はこれに同意したものである。その結果、本訴原告と被告間の訴訟および参加人と本訴原告間の訴訟は最初から係属しなかつたこととなり、参加人と被告間の訴訟だけが係属することとなつたのである。かように本訴および参加人と本訴原告間の訴が取下によつて消滅し、参加人と被告間の訴訟のみが係属するに至つたときは、参加人の被告に対する訴が独立の訴としての訴訟要件を具備する限り、参加の申立当時、参加の訴につき民事訴訟法第七一条に定める要件が存在しなかつた場合でも、参加の訴は独立の訴として適法となりこれを却下すべきものではないと解するのが相当である。けだし、民事訴訟法第七一条の要件は本訴に参加人が当事者として参加し、本訴原被告および参加人の三者間に裁判所が矛盾のない判決をするために必要な要件であつて、本訴が係属しなくなつた後まで、同条の要件を要求し、これを欠く場合には参加人と本訴被告間の独立の訴訟としての要件を具備している場合にも参加の訴を却下すべきものと解することは訴訟経済に反し、徒らに参加人に不利益を与えるだけで、何の利益も存在しないからである。しかして本件参加人の被告に対する訴が独立の訴として、審級の面においても、管轄その他の点において訴訟要件を具備していることは本件記録に徴し明らかであるから、参加人の訴が民事訴訟法第七一条の要件を具備していたか否かを論ずるまでもなく、参加人の被告に対する本件訴は適法であつて、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二、次に本案について考えるに、参加人が昭和二八年一月頃岩本林産の東京出張所長であつたこと、別紙手形一覧表(一)記載のとおり、岩本林産振出名義の約束手形が被告に送付されたこと、被告が参加人に対し別紙手形一覧表(一)「被告からの送金」欄記載のとおり金員を送つたことはいずれも当事者間に争いがなく、被告が昭和二八年一月当時木材の売買を業とする商人であつたことは被告本人尋問の結果により、認定できる。

三、従つて参加人が被告との間に被告の原木買付資金融通の便宜を与えるために参加人主張のような契約を結んだとすれば、その契約は正に商人である被告がその営業のためにした行為に外ならないのであるから、右契約によつて生じた債権は商行為によつて生じた債権に該当し(商法第五〇三条)、その消滅時効期間は五年である。(同法第五二二条)しかして参加人の主張によれば、参加人の債権の弁済期は別紙手形一覧表の各手形の満期日であつて、その最も遅いものでも、昭和二九年二月二〇日であることが明らかである。(参加人は被告が岩本林産に対し約束手形を別勘定として木材代金を請求した昭和二九年八月三〇日をもつて消滅時効の起算点である、と主張するが、参加人主張の請求原因によれば、参加人は被告に対し各手形の満期の日までに手形金相当額を送金するよう請求できるものといわなくてはならないから、これと異る参加人の主張は理由がない。)しかも参加人は本件参加の訴提起の日である昭和三四年九月一二日までの間に時効中断事由のあつたことを何等主張しないから、仮に参加人主張の請求権があつたとしても、各手形の満期日から五年経過した日すなわち、最も遅いものでも昭和三四年二月二〇日の経過と共に時効により消滅したものといわなければならない。

四、してみると、参加人の請求はその余の点について判断するまでもなく、失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡松行雄)

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